たくてん日々のブログ

まとめてだらだら書くことにした。ツイッターは細切れ。コメントもらえると嬉しい

年末年始と新聞を読んでなかったので、まとめて読んだ。

ざっくりとAIがらみの話が、多かったなぁ(日経元旦号)

昨晩の「日本のジレンマ(NHK)」でもAIがらみの話が多かった(そっちではどっちかというとAI登場によりやがてはシンギュラリティを迎えて、人間の仕事がなくなるとか、AIに支配される未来が来るのでは、といったAI脅威論がメインだったように思うけれども)

 

果たしてそんな人の能力を超えて、AIにとってかわられる未来が2045年やそこら30年ほどで訪れるのだろうか。

簡単な(といっても手作業でするには面倒極まりない)探索・推論を行うことに重点が置かれた1956年ごろからの第1次AIブームに始まり、機械学習を行うことに焦点が置かれた1980年代ごろの第2次AIブーム、そしてそこから始まったニューラルネットワークの仕組みを発展させた深層学習に基づく現在の第3次AIブームとざっくり書くとこんな感じだろうか。

現在のAIもなんやかんや人が書いたプログラムコードに基づく、機械学習として人口知能は動いている。

その原理はベイズ統計的推論に基づいた推測・再計算であり、結局は統計的な推論である。

経済学を学び、ミクロ計量をそれなりに使っている身からするとそこまで大きな技術革新であるようには思えなかったけれども、そこはコロンブスの卵で、初めてやってみることに価値があるのだろう。

今まで人が手作業で(場合によっては一部パソコンに任せて)計算していた統計分析を機械に任せ(現在は一部人の手が入っているが)、ビッグデータに基づいて計算して分析していき、その傾向から好みなどを予測していくものである。

去年初めて機械学習の授業に出た感想としては、統計分析により膨大なデータ量に基づけば、割といい感じの予測ができるもんなんだなぁと感心したものだが、果たして。

 

ごたごたと書いてきたが、何が言いたかったかというと、ドラえもん鉄腕アトムの世界のような自立志向型のロボットがAIによってすぐに表れますよ、ということではなくて、あくまで統計的推論をする探索ロボットが現在のAI技術によってもたらされるということだ。

そこに脅威があるとすれば、統計的な推論が(倫理的に)誤りうるということだ。差別やプライバシーなどの少数派の好みへの評価に関しては平均的な予測では対応できない。AIの脅威があるとすればここではないか。

2016年12月31日の日経で、AIの普及に際して、公的な認証を与える、という記事があった。このような規制が望ましいものかどうかはもっと形ができてからしか評価はできないけれども、個人的にはやるべきだろうと思う。

完全にAI任せにするのではなく、何が出てくるのか、それが社会規範に照らし合わせて望ましいものなのか、という点で人が常に評価を下せる状況にないと無秩序極まりないものになってしまう。

 

と、長々と書いてきたが私はAIの普及に危惧しているわけではない。

AIの登場で最も恩恵を受けるのは、IoTの分野であると思う。向上にしてもそうだし、働くプロセスを省エネ化できるようになれば、それに越したことはない。人手不足が予測される日本経済にとってはうまく使えば救世主になりうる存在だと考えている。

家庭内についても、冷蔵庫やレンジなどのIoTが進めば、その人の健康状態について適切なアドバイスを送れるようになり、生活習慣病の予防につながるかもしれない。

また、電気やガスなどの使用に関しても適切な使い方のサポートができれば、より望ましい効用極大ができるかもしれない。

 

とにかく人は限定合理的な存在なのであるせいぜいできるのは効用の満足化に過ぎない。限定合理的な人の行動をより望ましい方向へ導くことができる、そんなツールになればいいな、という風に考えているけれども、果たして